はじめまして。井上博美です。
現在は、法人向けに人材育成や組織開発、個人向けには、女性のキャリアと人生の再構築のご支援をさせていただいてます。
けれど、今の私を説明するなら、
肩書きよりも先に伝えたいことがあります。
わたしは人生の半分以上を海外で過ごしてきました。オーストラリアへの渡航から始まり、世界一周を試み、旅の終着点となった香港で夫と出会いました。それから約25年。香港で暮らし、働き、子育てをし、多様な文化や価値観の中で人生を積み重ねてきました。2021年には、高齢の父を一人にしておけず、基盤を日本に移し起業をしました。
なぜ、今あらためて「書く場所」を作るのだろう?
今、本当に新しいSNSが次々と生まれてきていますよね。そして、SNSのプラットフォームに人は流れ、世界にも大きな影響を与える媒体も多く存在し、そんな中、人は情報が溢れる中で「疲れを起こしている」そんな世の中です。ともすれば、わたしも同様に気をつけないと、情報に疲労を感じてしまっています。なのに、なぜ私は今さらSubstackを始めるのだろう。そんなことを考えていました。
実は、私は20年以上、何かしらを書き続けています。と言っても、素人です。
海外で暮らし始めた頃は、今のようにSNSはありませんでした。
今の若い人たちには、なかなか信じられない昔話のようになっていますが、手紙や葉書を書いたり、1週間に一度、受話器を握りながら、海の向こうにいる家族や友人たちと話すことが私の楽しみでした。国際電話の料金は、毎月とても高額になっていました。そんな中、現れたのがブログです。「これはいい!」わたしは、家族や友人への近況報告として始めたのです。しかしこれが思いがけず多くの方に読まれるようになり、書くこと、伝えることの楽しみを味わってしまったのです。それから今日まで、形を変えながら書くことをずっと続けてきました。
それは、
・香港での生活
・国際結婚のこと
・海外での子育てのこと
・言語の習得や葛藤
・海外で働くこと
・様々な方との出会い
・見たこともなかった世界への感嘆
・喪失や別れ
・帰国後の再出発
振り返ると、人生の節目にはいつも「書くこと」がありました。
ただ、その時々で媒体も違えば、テーマも違います。仕事について書いた時期もあれば、異文化について書いた時期もありました。キャリア、人材育成、女性の生き方、組織、リーダーシップ、海外の時事。どれも私にとって大切なテーマでした。
でも最近、ひとつ思うことがあります。
それは、これまでバラバラに書いてきたものを、一度、今の自分の言葉で、統合してみたいということです。
若い頃は、とにかく経験を増やすことに夢中でした。
・海外へ出る
・様々な国を旅して、食べ、飲み、交流し、体験する
・現地の中に入り、文化を融合していくこと
・新しい仕事への挑戦
・新しく出会う様々な国や業界で活躍する方々との交流
・異なる価値観の中に飛び込むこと
そうやって、自分の世界を広げてきました。
でも今は、「何を経験したか」以上に「その経験から何を学び、何を大切にして生きてきたのか」を言葉にしたいと思うようになりました。Substackなら、できるとおもったのです。惹かれた理由がそこにありました。
実は、最初にこのプラットフォームに興味を持ったのは、海外のクリエイターたちの使い方を見たことがきっかけでした。そこには、フォロワー数やアルゴリズムを追いかける空気よりも、一人ひとりが自分のメディアを育てている感覚がありました。短い情報を流すだけの場所ではなく、自らの考えを積み上げる場所。その姿に強く惹かれたのです。だから、この場所は、私にとって他のSNSとは少し違う想いをもってます。
仕事の話もするでしょうし、キャリアの話もするでしょう。異文化の話も、女性の生き方の話も、人材育成の話も過去のプライベートなことも書くと思います。
そして、世界の高みも底辺も、日本には流れてくることのない現地の情報も、今までは書いてきませんでした。今も事情があって、こと細やかに書けないものもありますが、年齢を重ねたので、そこも上手く翻訳しながら書けると思うようになってきました。
そして、これら別々のテーマに見えることは、わたしにとってバラバラではないんですね。私が人生を通して、問い続けてきたことは、実はずっと同じです。
人はどうすれば、
「自分の枠を超えて可能性」を広げられるのか
人はどうすれば
「自分の人生を納得して選び、より豊かな人生を送る」ことができるのか
海外へ渡ったことも、帰国したことも、
キャリアの転機も、すべてその問いにつながっています。
私はそれを「越境」を通して得ていると確信しています。
越境とは、国境を越えることだけではありません。
・年齢の壁を越えること
・思い込みを越えること
・キャリアの枠を越えること
・文化も人種も言語の壁を越えること
そして、
・自分で決めつけていた限界を越えること。
自分の境界線の外へ出るたびに見える景色が変わります。
その今まで見えなかった景色の中で、
その新しい景色を見た人だけが、新しい選択肢を手にすることができます。
実は、日本にいた頃、幼少期から小学校時代まで、私はとても病弱な子どもでした。喘息や腎臓病を患い、体育の授業はいつも見学。みんなが校庭を走り回る姿を横目に見ながら、自分は参加できない。そのことが当たり前の毎日でした。
何年も経った小学校生活も終わろうという時に、お医者様から「運動OK」の許可が出て、体育の授業に参加できるようになったのです。
私にとって、それは新しい世界が開いた瞬間でした。
「もう、弱いだけの私はいない」
子どもながらに、そんな感覚がありました。
振り返ると、あれが私にとって「最初の越境」だったのかもしれません。
その後も私は、新しい世界を見たい、自分の知らない景色を見たいという思いに
突き動かされるように生きてきました。海外へ渡ったことも、異文化の中に飛び込んだことも、今こうして新しい挑戦を続けていることも、その延長線上にあるような気がしています。
この場所では、そんな話やこれまで考えてきたことを様々な視点で書いていきたいと思っています。
流行を追いかけるよりも、長く残る問いを。
正解を伝えるよりも、一緒に考えるための視点を。
そして、これまでの経験を一冊の本のように積み上げながら、
自分自身もまた学び続けていきたいと思います。
この場所でご一緒できたら心からうれしいです。


こんにちは♪
はじめまして😊
宜しくお願いします✨
「越境とは国境を越えることだけではない」。この言葉、深く刺さりました。病弱だった子ども時代、世界を飛び出して25年、そのすべてが今の言葉の厚みになっておられる。素敵です🫶🏼✨
バラバラに見えた経験が一本の問いにつながっていく、その集大成をここで読めることが楽しみであり、有り難いです☺️💐